ココロン博士のお悩み相談室

20代のころから児童虐待根絶を信念にボランティアで10年以上青少年育成活動をしていました。
本当に胸が引き裂かれるような思いを何度も経験し、
いろんなことがあって平成18年に心理カウンセラーとして事務所を開業し、
10年を機に平成28年1月8日に『株式会社オフィス優』としました。
新聞や冊子などで連載させていただいてきたコラムや講演先でのエピソードなどたくさんあります。
カウンセリングで話していただいたことなども含め、
日時も不明に個人が特定されない形でブログにアップしていくことで一人でも多くお役に立てることができればと思います。
株式会社 ビコーインプレスさんでの講演(四日市文化会館 第三ホールにて)
0

    ビコーインプレスさんにいただいた籠盛のお花

     

    ビコーインプレスさんが

    講演後に下さったとっても素敵な籠盛のお花を

    ブログに載せたいと毎日毎日気がかりに思いながら、

    もう一カ月以上が過ぎてしまいました。

     

    ビコーインプレスさんは法人成りして一年目の私にとって、

    たいへん学ばせていただくことの多い、立派で大きな会社です。

     

    社訓をとても大切にされていて、講演開始前の紹介では、

    オフィス優の社訓もしっかりと立ててくださるなど、

    これからはカウンセラーとしてだけではなく、

    会社の代表としての意識を高めなければと改めて気を引き締められる思いでした。

     

    講演内容の打ち合わせの中で「感動話を」という強いご希望があり、

    去年もそのようにおっしゃっていただいていたので、できる限り私もご希望にこたえることができればと思いました。

    20年以上、いろんな活動を通していろんなこどもたちと出会い、大変な経験や体験がたくさんあります。

     

    ですが、決してドラマとは違い、美談で終着点を迎えることは難しく、

    マイナスからようやくゼロにまで持ってくることが大変なことで、

    それは本当に現実の厳しさを目の当たりにする終わり方や、とりあえずの着地点についた終焉であったりします。

     

    「感動話」を希望して下さった方がこれまで聞いてこられたお話しは有名人の方の自伝的なものです。

    困難を乗り越え、成功をつかんだお話しから、勇気や希望を与えられ、奮起されてきたと言います。

    そんな成功や非行からの更生を手に入れられた方はほんの一握りで、

    相当の努力や根性、我慢が必要でそこにさらに運もあり、だからこそ、輝いてみえます。

     

    十数年前、私は、自分の力ではどうしようもない境遇にいる非力なこどもたちを前に、

    “これを「昔は辛かった」という過去のことだけに終わらせず、これはこの子たちそれぞれしか持っていない、

    他の人にはない体験だから、いつか、過去を財産とさせてあげたい”と思っていました。

    そして壮絶な境遇の中にいる子にはそのような話もして、

    年齢的に自立できる日までグッと堪えさせたこともありました。

     

    「感動話」の期待に応えられる話を考えたときに、

    “もっとかかわってあげたかった”といまでも思う子のことが頭に浮かびました。

    当時に戻れたとしても、

    私を取り巻く事情が同じであればあの時のかかわりが私にできる精いっぱいだったと思います。

    ですが、それでも当時からの思いが蘇ります。

     

    「私がたくさんいたら育ててあげたかった」と。

     

    金髪、暴力、バリケード、ド派手な特攻服、覚せい剤、全身入れ墨、15で父親、暴力社会とのつながり、いろんな話が出ていて不良少年と言うには軽すぎる、その子は非行と名の付くことでやっていないことはないのではないでしょうかというくらいです。

    犯罪行為は、噂だけで私が確認できていないこともあります。

     

    でもあるとき、社会人としてしっかり働いていることを知りました。

     

    たくさんの後悔はしていても、

    “本当によかった”

    と心から思っていたので、

    ビコーインプレスさんの講演では、この子の話をさせていただこうと原稿に書いていました。

     

    でも、悲しいですね。

     

    講演直前になって、その子が過去にしてきた、私が知らなかったこと、想像していなかったことを知りました。

     

    その子は10代のころ、悪質でひどいいじめをして楽しんでいたようです。

     

    リーダー格はその子。

    そしていまでも、その被害者のことをネタに仲間と笑っている様子でした。

    でも、その子の友人たちは「可哀想やった。でもめっちゃわろた。」「おもろかった」などと言い合っています。

    リーダー格でいじめをしていたその子自身が

    後悔しているのか、罪悪感を感じることができているのか、いまどのような気持ちでいるのかはわかりません。

    表面上は言葉少なですが、調子を合わせています。

     

    仲間の手前かもしれない、そうであってほしい、

    一生の汚点だと激しく後悔して人生で片時も忘れず、背負っていってほしいと思います。

     

    ショックは大きくて、呆然と数日が過ぎましたが時間が経つにつれ、

    “そりゃそうやわな・・”

    と現実をみていなかった自分の甘さや浅はかさを痛感しました。

     

    可哀想だったその子、私に優しかったその子、SNSに動物殺処分反対や児童虐待、障害者差別等の投稿をたくさんシェアしているその子。

     

    それもその子だし、その背景にあるドロドロの悪魔のような部分もその子です。

     

    その子の闇の部分に巻き込まれてしまったいじめの被害者の子が

    自殺せずに、今、生きていてくれているようで、

    それに安堵し、

    私から、被害者となった子に、

    私が謝ってもどうしようもないのはわかっていても、

     

    被害者にしてきたこと、

     

    肉体的にも精神的にもどれだけ痛くて熱くて苦しくて、

    殺されるんじゃないかと思いをして、

    恐ろしい思いをして、どれだけ辛かっただろう、

    自尊心をメチャクチャに剥ぎ取られて、どれだけ悲しかっただろうと思うと、

     

    被害者の子に謝りたい思いと、

     

    会って、被害者の子の今の状態や様子を確認したい気持ちでいっぱいになりました。

     

    今でも深い深い心の傷になっているだろうけど、どうか幸せになってくれていたらと強く思い願います。

     

    そんな気持ちに憑りつかれていたからでしょうか。

    ビコーインプレスさんの講演の前日、書き上げてあった原稿が、

    私のあり得ないパソコン操作ミスによって、全部消えてしまいました。

     

    そして当日は、

    講演ではお寺でしかしたことがなかった私の生育歴を交えて、

    これまで出逢ってきたこどもたちのお話しを聞いていただきました。

     

    大成功やハッピーエンドのお話をさせてもらうことはできなかったですが、

    社長さんはもちろんのこと、打ち合わせに来てくださった方も、

    ご参加くださったどの方も、

    みなさんが温かくお話しを聴いてくださっていて本当にありがたく嬉しかったです。

     

    私は自分のことを話す機会はまったくありませんので、

    ビコーインプレスさんでの講演で改めて自分の人生の振り返りをさせていただくことができました。

     

    「人の心の中には人が住んでいる」

     

    私はこのことをたくさんの人にお話しさせていただいています。

     

    私が児童虐待根絶を目標とし、活動してきた中でであってきたこどもたちには、

    私が実際に生きてきた人生と重なることが多くあります。

    共感においては夢にリアルに出現し、うなされることもあります。

     

    ただし、私とその子たちとの決定的な違いがあります。

    幼いころに自分を、

    できれば自分だけを心から愛してくれた自分だけの存在があるかどうかです。

     

    「大事にしてくれた」「優しくしてくれた」

    それだけではだめなのです。

     

    人間は本能的に愛情希求の欲求があります。

    人が健全に成長するためには、

    自分をしっかりみて、自分にしっかりと関心を向け、自分を一番に無条件に愛してくれ、

    その人の存在そのものが心の安全基地である大人の存在がいるのです。

     

    暴力などから身を挺して守ってもらえたかどうかは微妙なところではありますが、

    私は祖父母からとてもとても愛してもらいました。

    祖父母の家に泊まりに行ったときには家が気になりながらも、

    テレビの遠山の金さんが始まりから、肩たたきトントン、

    終わってもなお、おじいちゃん、おばあちゃんに喜んでもらいたくて、

    一時間も二時間もどんなに手がいたくなっても疲れても、

    トントントントン、肩たたきしていられる時間が

    安心で安全な時間を提供してもらっていると感じられる私にとってとてもぜいたくな時間でした。

     

    父はアル中の酒乱のDVでしたが

    それでも、ほろ酔い気分までの時間は私をとても愛してくれていることがあからさまにわかるぐらい、

    「自慢の子」とこどものように無邪気にたくさん褒めちぎってくれる人でした。

     

    祖父母も父も私が話すこと、すること、どんなことでも本当に嬉しそうに楽しそうに笑ってくれました。

     

    母は私や弟が父の暴力にさらされて、本当に危険が身に迫ったときには自分が私と弟に覆いかぶさり、

    自分が代わりになって守ってくれました。

     

    私には“自分は愛されている存在”“自分は必要とされている存在”を感じさせてくれる存在があったのです。

     

    でも関わってきた子たちのほとんどの子が

    そういう存在をもっていませんでした。

     

    そういう子たちはもろく、気が小さいことが多く、

    その恐怖から逃れるために、

    虚勢を張ったり、弱いものに危害を加えたり、

    あえて危険な人物に近づき媚び、傘下に入ることによってその力を借りようとしたり、

    社会から逸脱した行為をしてしまったりします。

     

    愛情希求の欲求を満たすことがかなわず育った人は、

    そんな自分と向き合い、人の何倍も強く意識して、自分で自分の人生を構成しようとしないと、

    人生のターニングポイントで“可哀想な自分”が人生のテーマとなる着地点に向かう選択をしてしまいがちです。

     

    自分で幸せをしっかりとつかみ取ることが非常に不器用です。

    ときに他人まで巻き込んで不幸に陥れてしまいます。

     

     

    『心の中に棲む人』

    をだれもが持てる世の中になれたらいいですね。

     

    水野優子 

    | - | 20:27 | comments(0) | - | ↑TOP
    オススメ♪
    PROFILE
    LINKS
    CALENDAR
    S M T W T F S
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << December 2017 >>
    SELECTED ENTRIES
    ARCHIVES
    MOBILE
    qrcode